日本へミシンが伝来したのはいつ?

アメリカでのミシン

アメリカではどのようにミシンが産まれたのでしょうか。

アメリカでは1832年、ミシンの他にも多くの発明を行ったウォルター・ハントが 2本糸によるロック・スティッチを考案します。 しかしウォルター・ハント自身はこの考案を実用化する気がなかったようで、 特許出願権も他に譲渡したため権利化されませんでした。 1846年にはアメリカのエリアス・ハウにより、現在の本縫ロック・スティッチの 源流となるミシンが発明されました。 特にシャトルとボビンの考案、針・糸のタイミングは従来の発想を超えたものでした。 1849年、シャーバン・C・プロジェットと協力者のジョン・A・レローは 全回転式ソーイング・マシンの最初の発想を思いつきまますが、装置に欠点があり 糸がねじれてしまうために実用段階では不評となります。 この特許はオーソン・フェルプスに買い取られ、シンガーに改良を依頼される ことになります。 シンガー自身も独自の特許を取得して積極的なセールス活動を始めます。 エリアス・ハウの発明したミシンの製造販売権も一万五千ドルで取得したシンガーは、 高価なミシンを売る方法として世界で初めて割賦販売方式を発案しました。 これがシンガー社ミシンの普及に多大な貢献をもたらすことになります。 このようにミシンは200年以上も昔から欧米の人々によって改良が重ねられ、 扱いやすいミシンとなって日本に伝わりました。 日本でも明治時代以降にはミシン需要の高まりと共に、日本独自の技術が 盛り込まれた日本製ミシンが誕生しています。今では、入園、入学の準備に欠かせないアイテムの一つになっており、お母さんの手作りを通して子供に愛情が伝わります。